青い鳥

タイトル
第三ページ

ジョーのバックパッキング 
著者 濱田恵



さてさて、このころのおいらは思ったもんだ...
なんとなく遠くへ行くと・・・
別な自分に会える、新しいまったく別な自分になれるって。
俺達の若い時は海外をバイクで走る人、リヤカーを引いて海外を歩く人、また自転車で大陸を横断する人、そんな人が英雄に見えていたので。。。
俺っちも大陸をバイクで走れば人生が変わるって思ったもんだ!
きっと地平線をみると人生がかわるに違いないとか一人で広野をバイクで走ると、新たな人生が
始まるみたいに思ってた。
で〜っ。
実際にバイクでも走り、車でも走り、バスにも乗り、電車にも乗りしたわけだ。
でも何も人生、変わりはしなかった。
ただ外国人と話をして、たしかにずいぶんとものの考えかたに影響はうけたと思います・・・
あの頃のおれっちは、幸せの青い鳥を探しに海外に行こうとしてたのかなって思うんだ!
結局、青い鳥症候群ってやつかな!!!
 
ちょっと一服 ふ〜っ
(^o^)/U☆


シドニーの波止場で夕涼みの人

 初日はちょっぴりびっくりしたおいらですが。気を取り直し最初の一ヶ月間英語の授業をうけるた
めボンダイジャンクション(ボンダイはアボリジニの言葉で岩に砕け散る波の意味だったと思う。)の
学校へとたずねて見ました。
この学校は日本で予約できたので、とても助かりました。
 ちょうどおいらが渡豪する頃は急激に円高がすすみ、出発の半年前は1オーストラリアドルが
270円だったのが、あれよあれよと1月前に180円となり日本へ帰る頃には87円ぐらいまで変化
したんだよね。
出発前にアルバイトで貯めたお金も、最初は1月もてばいいかなくなれば日本に帰ろうと軽い気持ちで出発したのですが。
円高のおかげで最初の1月はだいじょうぶでした。
しかし、スキューバダイビングだなんだかんだと遊びまわっているあいだに、お金もそこをつき財布
の中には五十ドルと帰りの航空券だけとあいなりました。
 うわーっ。どどーしょー
でも出発前にワーキングホリディの事務所に求人広告(ただしアルバイトに限る)が有ることを知って
いたので早速事務所へといってみました。

 サーキュラーキーの港
 お祭りでフェリーのレース


2000/06/11 更新